プロフィール

加藤なおき
柔道整復師、整体師、米国IBA認定上級ボディートーク施術士、米国EHI認定エムレス施術士、インド占星術家。
合同会社ピンテグラル代表。
1985年千葉県生まれ。高校卒業後すぐ施術家の道へ。「自分で治せる身体づくり」をコンセプトにしたかとう治療室を2017年に開業。
B級創作料理を作っておいしいお酒を飲むことが好きで、何でも飲めます。いずれ小料理屋をやりたい。
出張セッション実績
北海道・宮城・神奈川・東京・島根・石川・福島 ほか
身体→心→見えない領域、、施術家から占星術に行き着いた経緯
私がこれまで経験してきたこと
- 不登校(小学校。給食がトラウマか会食恐怖に)
- 両方の性別(2008年にタイで手術、女→男)
- パニック障害
小さなものまで挙げたらキリがないのでざっと。小さい頃から人生には希望がなく、自宅に偶然あった百科事典のような厚さの「家庭の医学」をぺらぺらと読んでいました。
人生に最も長く影響があったのは性別でしたが、男性として人生を再スタートさせたあとのパニック障害は絶望的でした。
それも偶然か必然か。今までにない施術に出会い薬も使わずほぼ完治して、身体も心も健康に大きな影響力を持っていることを実感して施術家としても変わりました。
どうしても腑に落ちずにいたのは、自分はどうして女性として生まれたのを受け入れられず手術までしようと心を駆り立てたのは何だったのか。
「どうしてこんな生き方しかできなかったんだろうか…」
というどうしようもない悩みをグダグダと持ち続けていました。
インド占星術に出会って、どうにもできないことに対して「理解して受け入れる」という克服の仕方を教わり、心が楽になったのを今でも覚えています。
生年月日、出生時刻と出生地から算出される出生図には、自分が女性として生まれるけど違う選択をした「可能性」や「理由」が読み取れたからです。
健康って身体だけじゃなくて生きるのが楽になることも含まれていると実感したのです。
通常の病気は身体や生活習慣=自分に原因があると考えますが、占星術の世界観では運命や宿命的に設定されたものもあると知り、モノの見方も広がりました。
時間は流れるから困難も永遠ではない。
理解、受け入れる勇気をもつことは自分を癒す究極の方法かもしれない。と今は思います。
このような経験を通じて「生命力」という言葉が好きになりました。
身体が健康でいる力だけでなく人生を切り拓く「ココロの力」「命の活かしかた」と私は定義しています。
身体も大事。カラダが言うことを聞かなかったら…動けません。
だから「生命力」の一言に集約して身体から人生まで全部に貢献したいと思うのです(欲張り)
History
神経質で親や周りに迷惑をかけていた幼少期だったので、
「自分はどうしてこんな風に生まれたんだろう」
「生まれてこない方がマシだったんじゃないか」
「生きていてもしょうがない」
と思っていました。
心と身体のつながり―拒食と不登校
共働きの両親がいる4人家族の末っ子。
小さい頃は近所のおばあちゃんの家に預けられることが多く少し寂しかったかな、自宅にはすぐ怒鳴ったりものに八つ当たりする父がこわくて、なんとなく息が詰まっていました。
小学生の頃もいい思い出はあまりなく、低学年のころは給食が全部食べられなくて置いてかれるタチで、給食の時間が恐怖でした。
学校では食べ物がのどを通らないのに家に帰るとお腹が空いて食べられる不思議。
毎朝頭が痛いと言って体温計をこすって温度を上げ(笑)、休めると決まると元気になる。
母も困っていたと思います。無理やり学校に連れていこうとしたりしてもいうことを聞かなかったので。
学校なんか行かなくていい大人に早くなりたいと思っていました。
性同一性障害で学んだこと―心と意志の力
私は自分が女の子だというのにもずっと根拠のない違和感がありました。
そんな自分は頭がおかしいから悟られてはいけないと、高校ぐらいまでそのことは誰にも明かさず。
周りはなんとなくわかります(笑)
オトコオンナ、オナベとからかわれることもありました。
当時はオナベという生き方をしている人がごく少数。今と比べてLGBTという概念もなく、手術して性別を変えて生きることは幻のような話だろうと思っていました。
否応なしに進んでいく身体の変化と心のズレ。この頃からパニック発作のような症状が時折出始めます。弱みを見せられなくて誰にも明かすことはなく、生きているのが嫌になり一番苦しくない死に方を探していました。
その後自分と同じような人物がテーマのTVドラマが始まり、少しづつ思いは変わっていきます…
将来の進路、専門学校の入学直前のタイミングで母親にカミングアウト。
気分がコロコロ変わる父の理解を得るのは本当に大変で、父を腹の底から嫌いになりましたがなんとか絶望的だった将来に明るい兆しが見えてきます。
専門学校卒業後、手術資金を貯めるためにリラクゼーション店と居酒屋を休日ゼロで1年バイトして初の一人海外の恐怖も感じる間もなく手術に。
日本で手術ができなかったのでつたない英語を使って自力でタイの病院の手配をし、友人の協力も得て手術にこぎつけたのもいい思い出です。
女性の身体から解放された嬉しさとやり切った感。多幸感というのか、何でも喜べるふわふわした感じです。
強い意志があればたいていのことは達成できるという自信がつきました。
が、「なんでこんな人生なんだろう…こんなに親や周囲に迷惑をかけたりするなら生まれてこない方がマシだったんじゃないか」と、胸を張って生きられない葛藤が次第に顔をだします。
手術を受けて性別が変わればすべてよくなると思っていたのですが、そうではありませんでした。
だから今、性別で悩んでいる人がこれを見ていたら、性別を変えたり手術で見た目を変えることは生き方の手段の一つで人生の解決手段ではないことを伝えたいです。
他の病気や不調でも、「〇〇がよくなったら人生は違うのに…」と思うかもしれません。
改善すれば少しは悩みが楽になるかもしれませんが、同じように原因の一部分にすぎないことのほうが多いと思います。
人生を理解するきっかけ
男性として社会に出られてほっとしたのもつかの間、性別を変えるだけで人生バラ色になるというのが幻想だったと気付かされたのはパニック障害になったから。
手術と戸籍変更を終えて、倍速の時間の流れに押し出されるような順調な生活だったのですが、もともと自分でなんでもやらなければという思いと、男性としてちゃんと生きなければという思い、さらに仕事のストレスが重なったからだと思います。
パニックになるような自分のメンタルの弱さにまた失望しました。
しばらく経ってボディートークやエムレスに出会い、病院やクスリを使わずに回復できたことが人生の大きな転機となり、今まで知らなかった世界を学ぶようになって今に至ります。
奥深いインド占星術
わたしは何のために生まれてきたんだろう?宿命や運命とは何なのかを理解したくて学び始めたインド占星術。
私たちは地球の一部。ということは宇宙の一部。規則的に動く天体(宇宙の法則)から個人や社会を読み解いていく占星術はスピリチュアルを論理的に理解するのを手伝ってくれました。
日本で「スピリチュアル」が嫌われるのは金儲け主義だったり役に立たないから?(私はそうでした)
何かや誰かを崇めることで人生は変わらない。というか、それに頼っても頼らなくても人生は淡々と進んでいく。
出生図(ホロスコープ)は宇宙が与えたテンプレートのようなものです。
どんな道でもその人らしい人生の歩き方があって。命をどう使うかも個性があるから長生きがいいわけでもありません。
すべての健康に貢献
命を運び(運命!)人生を変えるには身体も必要。
身体がないと喜びや悲しみも味わえないから、「身体を制する者は人生も制す」は、大げさな言葉じゃないかもしれません。
身体と心と魂の足並みをそろえ、
―その人の生命力と可能性を解放すること。
―自分の人生に胸を張っていただくこと。
―自分も魂も喜べる生き方を通じて繫栄していく社会を目指すこと。
欲張りかもしれませんが、命ある限りやっていく所存でございます。
