FTMが女から男へ性別をまたぐ時③アルバイト・フリーター・オペ後

  • 2020年3月2日
  • 2020年5月1日
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女性から男性の移行期。アルバイト、フリーター生活

高校生からのアルバイト経験は振り返ると、世間知らずで恥ずかしかった思い出もある。
男とか女の前に、「働くとは」って言うのを学んだなぁ。

  • 靴屋
  • ホームセンター
  • 居酒屋
  • リラクゼーションマッサージ
  • コンビニ

スーパー無責任ヒーロー(笑)

当時は超無責任人間で、シフトは自分の都合。
バックレこそしなかったものの急用が入ったら容赦なくバイト休む。みたいな感じでした。今思うと恥ずかしいくらいです。

それも罪悪感を微塵も感じずにそうしていたんだから、この小僧!と大人をとても怒らせ、怒られてもぽかんとしてるから余計怒らせるよね(笑)

今はもちろんわかります。
人員に穴をあけるとどうなるか。急に休まれるとどうなのか。全然出勤してくれないとどう困るのか。

一応会社員時代、院長とか本部管理職やってました…説得力ないですね(笑)

働くことについて一番学べたのは専門学生時代にやっていた個人で営む居酒屋でのバイト。
ここでの経験は私のちょっとした人生の転機になっている。

小さなお店で気づいた役割

少々美化して過去の体験を書くと、居酒屋での経験は「自分にも役割があるんだ」と感じさせてもらえた。

従業員がたくさんいると、私がいなくても影響ない感がすごくあって、誰かがいるから平気で休んでも大丈夫って思ってた。
同じ部門でも複数の人がいるし、自分じゃなきゃやれないことなんてない(バイトだし)。

でも、居酒屋は店長、板長、あともう一人ぐらいで回しているお店だったから一人でも欠けたらお店はうまく回らない。

当時19歳ぐらいで、カラダはホルモン注射を始めたばかり。
カミングアウトしないで採用してもらって、全然自分が男性として通用している自信がなくて接客は絶対にしたくないと思っていたけど、ホールの仕事をすることになった。

叱られたり、理不尽に感じることがあったり、忙しくて目が回るような日もたくさんあったけど、お店を閉めた後で店長と1杯飲みながら話をするのがとても楽しかった。

当時の店長は今の私と同じくらいだったと思う。とても大人に見えたなぁ。
人生経験が豊富だし、酸いも甘いも隠さず話してくれる。飲んでいるときは対等でいたいという店長の想いが嬉しかった。

自分もたくさん話した。カミングアウトしたのも職場では店長だけだった。
自分がまだ戸籍上は女性で男性になろうとしている最中だという事、将来のこと、恋愛のこと、友達関係のこと…

家族関係もうまくいっていなかったので、逃げ場、居場所をつくってもらえたのは大きな支えだった。

紹介され、ただ家から近いのが理由で応募した居酒屋だったけど、とてもとても学ばせてもらった。働いていたのは3~4年ぐらいだったかなぁ。 いつの間にか接客が嫌だとは思わなくなり、お客さんにちやほやしてもらって。

結局お店を閉めることになって退職したんだけど、いい思い出。

この経験がなかったら、たぶん責任能力ゼロのまんまだったかも(笑)

自分のことを話せば、味方になってくれる人はいる

リラクゼーションのバイトでも、同じように深いおつきあいをさせてもらった。
体の変化が進んで少しづつ自分が安心して男性に見られていると思えるようになってきたし、自分自身も現状の自分を認められてきていたのかもしれない。

この頃を漢字一文字で表せば、「酒」です(笑)
居酒屋でもリラクゼーションでもお酒を酌み交わしてお互いのことを語り合って、私も辛いのは自分だけじゃないって自己憐憫から少しづつ卒業でき始めた頃。

それまでは他の人の波乱万丈を知らなかったから、「なんで自分ばっかり」とか「誰も分かってくれるわけがない」なんて思っていたけど、いざ話してみたらみんな普通に受け入れてくれて、自分の役目を与えてくれて、私には役目も居場所もあるって満たしてくれた。(私の胃袋と肝臓も)

自分の思いを言葉にしてすらすら話すのは得意じゃないけど、勇気を出せばそれなりに伝わった。

不安だったのは私

まだ戸籍上男性で手術をする前だったというのもあり、着替えや職場でのふるまいに悩みが多かった。

上半身もシャツを大っぴらに脱げないし、ズボンを着替えるのだって、パンツのもっこりがないのが気になって目立たないトランクスを選んでいた。(すでにボクサー派が標準装備な時代だったので、一層こそこそしてた。今思えば考えすぎな悩み(笑))

今よりも体の性別と所属したい性別にギャップがあったから、より男性に見られなきゃ!という思いがあって、頭の片隅には「ばれたらどうしよう」みたいな恐れが常にあったなぁ。だから思いっきり楽しめない。

いつも訪れない何かのために備えている感じ。

自分の過去を知っている人がいた学生時代とは違い、私の過去を知らない人だらけの社会で私がそんな恐れを抱いているのも知らず、お客さんやスタッフがごく自然に男性として扱ってくれたのは自信になった。

手術費を貯めるためにフリーターを極める

国家試験、専門学校の卒業を控え、迫ってくるのは社会人デビュー。
私の人生計画では社会人デビューする前に戸籍の性別を変える必要がありました。

一方で、貯金はスズメの涙ほど…
手術費は100万円程必要でした。

そこですぐ就職するのを断念し、1年間フリーターでお金を貯めて手術を受けることに。
昼間はリラクゼーションで施術、夜は居酒屋というサイクルを繰り返しました。

丸一日休みの日はなく、居酒屋は深夜遅くや朝に帰る。酒は抜けない(笑)よく生活していたなぁと思います。

この時のリラクゼーションの店長もスタッフも、居酒屋のように仲が良かったのでフリーター生活は楽しかったです。施術の訓練にもなったし、リフレクソロジーもかじった。

2007年末でなんとか目標金額を達成し、2008年の1月にタイで手術を受けました。

手術後のトラブル、帰国後のリハビリ受け入れ先

手術の時に肘の神経を痛めてしまい、肘から先がビリビリしびれる肘部管症候群になったまま帰国した。

後ろを振り返ったときにイスの背もたれとかに肘のうち側をぶつけて電気が走る部分。
外国では「funny born」とも言われる。
外傷以外にはベッドや床による長時間圧迫などでも起こる。
 

専門学生の時に教科書では習っていたけど、実体験はとても痛い。
手の小指側の2本の指がしびれて力が入らないから箸が持てない、食器を支えられない、布団をめくれない。

急性期の神経痛は感電するようにめちゃめちゃ痛い(笑)
これって治るの?って日に日に不安が増していった。
手を使う職業だから思うように使えないのはとても困る。

困っていたら高校時代の友人がコンビニでバイトをしないか?って声をかけてくれた。
かくかくしかじかで手がうまく動かないと伝えると、「リハビリがてら」と言ってくれた。

アルバイトしたのは半年くらい。
リハビリさせてもらったおかげで手のしびれはあまり気にならなくなり、お釣りもちゃんと渡せるようになった。それにお金も稼がせてもらえた。

ほんとうにありがたいことばっかだった。

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