男と女、性別と性指向と性嗜好

LGBTQ、性の多様性の尊重。と言われる世の中だけど…

わたしは男女の性別は分かれているべきだと思っている。

自分がFTM当事者なのに何を言っているんだとなりそうだけど、わたしが言いたいのは性指向や性嗜好の話ではなくて、性別のこと。

 

オリンピックでトランスジェンダー選手が最多出場とかで話題になったが、趣味や楽しみの域を超えるプロ競技では、生物・肉体的に男性と女性の違いがでる。

性指向や性嗜好は多様性があっていいと思うけど、性別の違いがないならプロ競技ははじめから男女に分けなくてよかった。

 

差別ネタの性別じゃなくて、違いを受け入れること。

FTMのわたしも、どうやったって構造と機能は男性にはなれない。

女性のままでいたとして、女性の世界の中でトップクラスになれたとしても、反対の性別の世界ではどうだろうか。


わたしは女子サッカーを経験してきたのでサッカーで話をするけど、技術や熟練は性別の垣根を超える。が、スペックはどうにもかなわない。

※ここでいうスペックとは、骨格・体格・筋肉量や質・内臓・耐久性のような生まれ持った性質のこと。

草サッカーの男性とアスリートレベルの女子サッカー選手が競ったら男性が負ける。だが同じ条件に立ったらどうだろうか。

なでしこジャパンと男子代表の試合では、スピード感、球の勢い、体当たり、からだの大きさ、見ていてはっきりと違いが判る。

 

男性競技に元女性が参加することも、男性側からしたらやりにくいし、些細なことでも差別のきっかけになりかねないなら、初めから設定しないほうがいいと思っている。

(例えば、日本男子サッカーにFTM選手が出場。相手は全員男性。日本が勝ったら相手の敗因として、FTM選手が相手に気を遣わせたと解釈されることもあるし、日本が負けたらやり玉にFTM選手があがるかもしれない。どちらにせよ注目されやすい)

 

じゃあ、トランスジェンダーの人の居場所は?となる。

プロの世界でなければどこに属すのも自由だと思うが、プロとなると当事者がどこかで妥協を見出す必要があると思う。

スポーツに固執する必要はないのだから、人生で自分が何を優先としたいのか。

そもそも、生まれた性別でトップレベルの持ち主になったとしても、反対のせいでそれが同じように通用するとは限らない。

筋肉量や体格に影響される競技は男性のほうがどうしても優位になるからだ。女性が男性ホルモンを入れて、鍛えまくったとしてもアスリートレベルの男性に並ぶことは難しいだろう。

 

わたしの場合は男性として生きることを優先にしたかったので、サッカーを辞めた。

サッカーがうまくなかったし、「女子」サッカーの世界の中にいること自体がしんどくて男性社会に早く適応したかったから。

 

とはいえ、本気でサッカー選手になりたいと思った時期もあった。

高校生ぐらいに、将来、親からも自立してどんな生活をしていたいかを本気になって考えたとき、わたしにとってサッカーは居心地の悪さを感じながら続けることではなかった。だからサッカーを早々に辞めると決断できた。


男性社会に適応するとは、別に男性が社会の中で優位と言っているのではなく、その集団に溶け込むとか、属する感じ。

男性であるためにいかつくもオラオラする必要もなくて、必要なことは、外見の自然さ(声や裸とか)と、戸籍や保険証などの公的証明だ。

 

公的証明の威力は絶大で、逆に言うと、男性で生きるには公的証明以外はなくても可能で、証明を得るために手術やホルモン療法が必要なだけかもしれない。

FTMから見てMTF(男性から女性)は、外見を女性にしても公的証明が男性なら女性として認められないのと同じ。

どう見たって女性にしか見えないMTFも男性として生きたいFTMと同様に努力して女性の中に溶け込もうとしているのだ。

 

人の「第一印象」の影響力ってすごい面白くて、

初めに男性として出会うか、女性として出会うかでその後のイメージがとても違う。

 

女性の頃からわたしのことを知っている人と、性別変更後に知り合った人では、「元女性」「普通の男性」の差のようにイメージが違うはず。

わたしも男性にかわったばかりの頃は、第一印象を気にして、こうして公に自分の過去を書いたり話すことはしたくなかった。

それが今できるのは、私自身がようやく男性の世界に落ち着いて腰を据えられたことと、性別について枠を超えて俯瞰できるようになったから(えらそう)だと思っている。


日本の女子サッカー界には「メンズ」という特有のセクシャリティーがあるらしい。

たぶんわたしがいた時代には「メンズ」という言葉はなかったと思うんだけど、当時から男性っぽくしている人や女性が好きな人もいて、「メンズ」は女子サッカーの世界の男性役といったところかな。宝塚の男性役もそう?

 

今でも女性のままで女子サッカー界にいたとしたら、わたしも「メンズ」だ。

当時も同じような人が各チームに一人か二人はたいていいて、それを何とも思わないのも女子サッカーの世界の特有のことなのかもしれない。

実際の「メンズ」の世界観はわからない。ただ、その世界にしか通用しないことで生きていると、外に出たら、あれ?こんなはずじゃなかった…ってことが起こりうる。

 

性別を変更して生きることが簡単にできるようになった一方で、一度進んだら二度と戻れないことがあるのも性別。

もし、人生まだこれからだ!って人が自分の性別について考えているとしたら。

 

恋愛や好みと、性別が反対になって社会で生きることは切り離して考えてみるとどうだろう。

女の子が好きだから男になる!が、男として社会で働くこととイコールにならないかもしれない。

何かで上を目指したいのと、男性または女性として有名になりたいのとでも違う。

より自分らしい生き方ができるように。

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