もうちょっと、好きに生きてもいいじゃない。

与えると受け取る

  • 2020年9月4日
  • 2020年9月5日
  • 私事

「奪う人」にならないように気を付けている。
「奪う」響きがあんまりだけど、相手の時間や人生の邪魔をしてはいけないとか、力を奪ってはいけないという意味で。

奪う人よりは与える人になれた方がいいと思うけど、与えることで奪ってしまってることもあるよねー。
手を差し伸べすぎて、相手の力を奪ってしまうような。

治療家あるあるだと思うんだけど、治してあげたい、支えてあげたい、助けてあげたい、力になりたい。
役になってもいいけど力になるのはどうだろうと。こんな思いが過ぎるといつの間にか奪う側に回る。

かつての私がそうだったように。
患者さんに必要とされることがうれしくて、ファンが多かったと言えば美談かもしれない。
でも蓋を開けると本当にファンなのか・・・、自分がエネルギーを与えもするし奪ってコントロールもしていたかもと気づいた。

「あれをしてこれはダメ。いうことを聞いて…」
「通わないとよくならないよ…」
「ここに来れば大丈夫…」

こういった言葉は導くために適宜必要だけど、上手に使わないとね。

自分の施術者としての勘違いに気づいたらむなしくなったけど、そのお陰で不思議と自分が消耗しなくなった。
エネルギーを貢がなくなったから奪う必要もなくなった。

誰か困っている人や悩んでいる人の役に立ちたくて医療、セラピー、ヒーリングなどの道に進む人は多いと思う。

うっかり私のように、相手が考える力や決める力を奪い、自立する力=生きる力を失って依存的な関係を作ってしまわないように。

子どもには魚を与えるのではなく、魚の捕り方を教えよ。

まさにその通り。

与えるもバランス。与えすぎたら奪う。
奪うもバランスだろうか?奪いすぎると与えられるのかなあ?

あ、奪うじゃなくて「もらう」とか「いただく」ならいいんじゃない?

「よこせ」はダメ(笑)
相手方がいいよ、あげるよって言う分だけ、自分に必要な分だけありがたくいただく。

自分が保たれる範囲、余剰の分おすそわけするのが健全で、自分が欠乏しちゃうぐらい与えようとすると、足りない分を自分で生み出すか、できないなら他の誰かから奪って補充することになる。

その負のスパイラルで消耗しているなら、よそのことよりまず自分。

物質、エネルギー、どんなものも貢いだらうまくいかないんだわ。
夜の世界でも貢いでうまくいっている人聞かないもんね(笑)!

ぶつぶつぶつ…

ただ与えられた食べ物より、自分で手塩にかけて育てたものとか、お財布のひもをぐっとゆるめて買った高級なんちゃらのほうがおいしさも感動もひとしおだったりするでしょう。

冷たいと言えばそれまでだけど、生きる力を養いに来てる人の力を奪っちゃならねぇって思っているのだ。

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