カミングアウトって

  • 2021年7月6日
  • BLOG

カミングアウトについて書こうと思う。

私自身、これまでいろんな状況でカミングアウトしてきたし、反対も賛成もしない。

でも、ただすればいいものでもなくて、特に他者や環境に何かを期待してするカミングアウトならしないほうがいいのでは?とも思う。

自分のためのカミングアウトがいい。

 

わたしが心してカミングアウトしたのは、男性に移行するために家族にしたことと、学校(と友人)だった。

治療を開始してからのアルバイトや仕事では初めにカミングアウトすることはほぼなかった。

だけど、関係が親密になっていくうち、または親密になりたいと思っていくうちに、自分の過去を隠しているっていう感覚に罪悪感を覚えたり嫌になって、ぽろぽろと話すことがあった。

 

そんな経験を重ねながら、自分の体験が誰かの役に立ったらいいなと思って活動することを決め、数年前にこのホームページを立ち上げ、そのHPのお知らせとともにSNSで公表した。

まぁ知っていた人も知らない人も改めてなにとぞよろしくどうぞ。的カミングアウトだった。

いろんな人から反響があり、公表したから何かが変わったわけでもなく、自分自身の節目になった感じがした。

ずっと隠し持っていたものを手放し、荷物を減らして身軽になった感覚。

たぶん、ほかの人にしてみれば何でもない出来事で、カミングアウトしようがしまいが日常は変わらないんだけど、今の自分の発信活動や表現は公表していなかったら違う形になっていたんだろうと感じる。

 

時々ホームページの大掃除をしているので消した記事とかもあるけど、FTMの事ばかり書いていた時はそれなりのアクセスがあった。

これからまた整理して情報を書き足そうと思う。

 

FTMの情報が少なかった時代を過ごしていたのが今はたくさん情報が出ている。

なのでそれはほかの人にお任せするとして、わたしが伝えていきたいのは、性転換したあとでの生き方のこととか、どうやって人生の舵を自分で握るのかとか、より自分らしく生きるコツとか、健康の話とかなのではと思っている。

男性として生きて15年以上経ってわかることもあるかもしれない。

 

持論ですが、カミングアウトの方法より大切なのは、なんのためにするのか、してどうなりたいのかだと思う。

ただ男性として受け入れられたくてのカミングアウトなら、あえて言わないで埋没しているほうがいいこともある。

カミングアウトに悩む段階で心の内ではだいたい決まっていて、欲しいのは了承や同意だったり、協力だったりするんだけど、ただ理解してくださいとか、男としてみてほしいとか、目的が要求だったとしたら単なるわがままになってしまう。

カミングアウトは人を変えるんじゃなくて自分を変えるためにある。

 

批判されるようなLGBTの問題は、主張や要求が多いせいもあるだろう。

同じ当事者でも共感できないことがある。

差別も、本当は起きていないのに自分が勝手にそう感じてることもある。

 

どんな人にも我慢する時もあれば、自由な時もある。望みをかなえるために工夫したり努力すればいい。

傷つきたくなければカミングアウトしなくてもいいわけだし、外部から結果を期待しないこと。

 

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