もうちょっと、好きに生きてもいいじゃない。

見つめなおす

  • 2020年4月4日
  • 2020年4月4日
  • 私事

コロナウイルスが世界を動揺させているけど、ウイルスに勝とうとか負けるなは人間の勝手な思いで、ウイルスは同じ土俵にいやしない。
宿主が必要なウイルスにとって望んでいるのは共存だから。
人間もウイルスを排除ではなく、いつかは受け入れることになる。

そんなふうに自分なりに理解して過ごしているので、個人的には普段通りの変わらない生活をしているけど、やっぱり仕事が減ったり、行動範囲が狭まったり、影響はある。

自分が感染者やクラスターになるかもしれない。
個人事業主だから感染の恐れも、先の経済不安も。

せいりせいとん

でもね、大掃除してスッキリさせてみたり、いつもやらないことをやってみたり、勉強勉強したり、サックスの練習したり、自分自身も整理整頓と掃除が必要だね。

日々の暮らしの中でお風呂では取れないちりやほこりや色々をくっつけてきて、本当の色、姿、形を失いつつあるから。

何年か毎に自分自身のマイナーチェンジはちょこちょこあったけど、
ここ2~3年。独立してからかなぁ。
四角い車から、丸い車へ。のように、車のフルモデルチェンジ並みの出来事がバシバシ訪れてた。

これまでの人生は体験の流れが超スロー再生か停止ばかりだったので、これまでの時間と体験を取り戻すような感覚。

出来なかったこと、我慢していたことからの解放。あらたな課題。

私はカラダの性別が一致しなくて悩んでいたんだけども、わいわい旅行に行くとか、海水浴やレジャーを楽しむとか、やりたいことをする時には必ず「性別」が障壁になっていたから。

今となっては自分で好んで障壁をつくっていたなって気づいたけど、当時は悩みの渦の中にいて俯瞰することが出来なかった。

「悩みの外」に出たら、その悩みなんてちっぽけなもんで代替案もいっぱい浮かぶ(笑)
どこから見るかってすごく重要なんだね。

目まぐるしい人間関係、環境とかの変化でしんどかったこともあるけど、立ち直りも早くなった。

孤独を決意したいつかのこと

20歳になる前。
身体を変えて男性になる決意をしたとき。

私の過去を知っている人すべてと縁を切って、こっそり男性に生まれ変わって、私のことを誰も知らない土地でイチから人生を再スタートさせたい。

そう思って、
ひとりで生きていく。
ひとりでも生きていけるようになる。

そう決心したつもりだったのに、
私は知らない土地に行くこともなく生まれ育った地元で治療院を開業し、たくさんの人に囲まれて暮らしている。
しかも、あれほど知られたくなかった自分の過去を自分でバラしてる(笑)
まるで正反対のことをしている不思議(笑)

ひとりでいるのも好き。
だけど、ひとりではやっていけないこともわかって、そこでこんな自分でも接してくれるありがたい方々がいて、かつて想像できなかった今を経験しているのは驚きでもあり幸せなこと。

そこに至るまでの道中は、人と関わるのが恐怖になってしまったことがあったから、一層強く感じる。

こう言ったら嫌われるかなぁ。
こう思うのは変かなぁ。
こうしたいけど、やめておこう。
こうしてほしそうだから、我慢しよう。
人が満たされることが私の幸せ。
人に迷惑をかけてはいけない。
必要とされることが私の生きがい。
必要とされなくなったら終わり。

そうしても嫌われるときは嫌われるし、うまくいかないと傷つくし、私はこんなに我慢しているのになんで!って怒りがこみあげてきたりして、いつも人の反応を気にして、無い頭を2倍も3倍も使って生活していたからすごく疲れたんですね。

なにやってんだろ。

毎晩夜中に何回も目が覚めるし、顔の筋肉まで凝り固まっちゃって。
ひとりになると顔のこわばりと疲労感をすごく感じてたの。
食いしばりで3~4本の歯が割れて犠牲になったし、エラまで張って歯医者さんにこれは食いしばりのせいで後天的に骨が発達していますって言われた。そんなことあるんだね(笑)

そんでパニック障害発症。
さらに行動の範囲が狭くなって、安心できる場所にしかいられなくなった。
パニック発作って人によって症状を誘発する引き金って違うんだけど、
私の場合は家にいる時や一人でいる時は絶対ならない。

公共の場みたいに、人に囲まれたり狭い車内だったり自由に身動きできない緊張する環境にいると、頭の血が退いてきて、呼吸ができなくなったり気持ちが悪くなったりする。

でも人に迷惑をかけたくないし、変って思われたくないからそれも我慢してたの。
しかも、男は強くなければ。メンタル弱っているなんて恥ずかしくて言えない。と。

もういいよねってなれた

ひとりになりたいのに人に必要とされたい矛盾。

やがて限界が来て、ボディートークに出会ったんだけども。
初めてセッションを受けた後のあの不思議な爽快感は忘れない。
対人恐怖だと思っていたのに、「視線への恐怖」と言われたとき、腑に落ちた。

で、セッションを重ねたり自分がボディートークを学んでいくうちに、人への恐怖心も少しづつ薄らいできて、人からどう思われようとどんな自分でも生きていていいのかもって思えるようになってきた。

親へも、こんな生き方しかできなかったことをずっと申し訳なく思っていたけど、その罪悪感もほどほどになった。

全員に好かれなきゃなんて思わない。
変でもいいや。(そもそも変だから)
人に求めない。期待しない。(欲しいものは自分で手に入れる)
人のニーズに全部応えようと思わない。
人を満たそうなんておこがましい(笑)
もし自分が必要とされたらありがたいね。

いや、それは違うよって思う人もいるかもしれない。

また時間が経ったら自分の気持ちも変わるかもしれない。

ありがとう

まず、生きててよかった。
孤独を覚悟したのに、気がつけばたくさんの人に囲まれてる。
死にたいって思った頃もあったけど、本当に死んでいたらちやほやを体験することもできなかった(笑)

やりたい仕事をして、時には人の役にも立ててるし、学びたいことを好きなだけ学べる。
当たり前のように住処があって、衣食住を不自由なくできる。
目で見て、聞いて、味わって、嗅いで、触れて感じられる。

当たり前が当たり前じゃなくなっている今、当たり前に感じられていたことにあらためて感謝。

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